ぜろ通信

嘉向徹と保科亮太のブログです。└( ^o^ )┐

700000HOUR TELEVISION ー とにもかくにも自分たちを喜ばせ、周りからは少し怒られましょう。

全国70万人のリスナーの皆様、お待たせいたしました。

 

 

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目の前の夜空を大きなはなびが咲いて散る。

 

誰しもいつかじんせいを終える。

 

一体ぼくら何歳まで生きるだろう。

 

 

使い古しの電卓で

 

弾き出した答え

 

「 じんせい70万時間 」

 

 

めくるめく駆け巡る夏。

 

始まります。でもすぐ終わります。

 

いちについて、よーい、盆。

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基本的に一発屋で終わりたい我々が二発目あったのかと多少不安になりながらも、いばや創始者の鶴の一声により電撃的に復刻、立案された今番組。スタートは8月13日。

 

 

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【70万時間テレビ〜まずは自分を救え〜】本家の24時間でもなく愛とか地球でもない、70万時間分の自分をテーマに颯爽リリース。FBイベントページ https://www.facebook.com/events/1103115333153658/?ti=icl

 

 

70万時間テレビ開会宣言および草案会議 ー前編ー

ゲスト:坂爪圭吾さん

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「みんなのお荷物」こと、いばや所属team-0のスローガンは

 

ひとつ、泥臭く!

ひとつ、緻密に!

ひとつ、突っ散らかす!

 

の三本柱である。

 

 

70万時間テレビ開会宣言および草案会議 ー後編ー

ゲスト:坂爪圭吾さん

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他人を喜ばせ周りから褒められることに埋もれてしまわないように、

 

とにもかくにも自分たちを喜ばせ、周りからは少し怒られましょう。

 

 

「 じんせい70万時間 」

 

身体の期限はあるけれど、げんそく

 

きがすむまでがじんせいだ。

 

 

 

明日死ぬかもしれない。

初編 其の三「執行猶予」

 2014年初夏。嘉向と保科は佐渡ヶ島へと渡っていた。震災関係のボランティアで仲良くなった“一哲さん”の実家が島内にあるという。この時、彼が二人の〝流刑案内人〟であったことは今になって分かった。

 一哲さんは70歳半ばの高齢にも関わらず、年の大半をボランティア活動と社会活動に費やし、冬場の2~3ヶ月の期間にスペイン語圏(スペイン~南米)を一人放浪するというルーティンを持っている。(ブログはこちら→一哲 放浪記)2014年以降はFacebookを始めたので、そちらに容赦なく自身の近況をアップし続けている。そんな一哲さんは新潟市内に一軒家を構えており、佐渡の実家は一哲さんのお母さんが亡くなってから空き家になっているとの事だった。保科が初めて一哲さんと会った時から「ウチをなんとか有効活用できんかのー?」という話を聴いていた。以来、一年越しの実現である。

 新潟港から両津港にカーフェリーで揺られること150分。流刑の島に辿り着いた。レンタカーを利用して、初めて佐渡で三人が揃った。開口一番、嘉向が一哲さんに尋ねた。

佐渡で人手が足りなくて困っている人のお手伝いをしたいと思っています。おじいちゃんやおばあちゃんがやっている畑や田んぼなどですね。」

 それを聞いた一哲さんは「そうか」と言って、素早く愛用のタブレットを開いて誰かに電話をしはじめた。

「ああ、もしもし、山本八兵衛(一哲さんの屋号)ですけど。どうもどうも...おお、やっとるかー、はっはっー。精が出るのー。それでのう、今一緒に佐渡に来ている若者が農業を手伝いたいと言っているのだけれども、とりあえず話だけでも聞いてやってくれんかのう。...はいはい、ありがとうありがとう。それでは今から向かいます。」ピッ。

早かった。

「ということですから、彼と直接会って話してください。」

 驚くべきスピードである。一行は両津港から東海岸線沿いを車で走ること約30分、ナビに『野浦』と書かれた村に到着した。

村の中で一番北側にある一軒家、それが一哲さんが保有する「八兵衛家」だった。元々鍛冶屋だった築100年以上の古民家に加え、キッチンや洗面所、風呂場などが増設されていて、

「これは完全に整っている(天井の梁とかものすごく立派!!)」

と、二人は予想以上に驚いた。

昔の家は冠婚葬祭などは全て自宅で行っていたらしく、この八兵衛家でも同様の様式が備えられ、家具や食器なども充実していた。いわゆる“古民家”というと、「かなり掃除とかして住めるまでに困難極めますよー」的なものを想像していたし、実際ほとんどがそうだと思うのだが、ここはさほど手もかからずに「今日から住めまっせ!」という具合だった。

「本当にいいとこですね。。」

と、呆気にとられていた二人を見て、一哲さんは嬉しそうだった。

「それでは社長のところへ行きましょう。」

八兵衛家を出て、小雨が降る村内に入り、棚田が広がる山の手前で車を停めた。どうやら刈り払い機を使って田んぼの周りを除草しているサングラスをかけたあの男性が“社長”らしい。それが嘉向・保科がいま現在もお世話になりまくっている『BOSS』とのファーストコンタクトであった。

「おう、ちょっといいかな。こちら嘉向くんと保科くん。佐渡で農業の手伝いをやりたいということらしいんだけどね。」
挨拶と自己紹介を済ませ、嘉向からそれとなく自分たちのやりたいことをBOSSに伝えた。
「彼らはほとんどお金のやりとりをしないので、野浦に滞在している間は社長に面倒をみてもらって、米などを分けてあげてくれんかの?」
一哲さんのフォローが有難かった。
「うーん、そんなら秋の稲刈りからやってみるか?」
BOSSも半信半疑といったところで了解してくれた。

寝床と、仕事と、食物はなんとか確保できそうだ。あとは実行あるのみ。この時はまだ保科が一般職に就いていたため、フリー素材となっていた嘉向ほぼ一人で秋の収穫から手伝いに行くことになった。

 

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しかし、この実験的に行った2014年の収穫祭の結果が、後の二人の運命を謎のヴァガボンディング(漂白記)へと誘うことになるとは、まだ誰も知る由もなかった。

なずな、来日 ー ”帰って来た”という感覚。

新潟県の山奥に生まれ、ヤギや鶏に囲まれ育った一人の少女。絵に描いたような田舎暮らしから一転、母に連れられ渡英したのは彼女が6歳の時だった。ロンドンの反対岸、ブリストルという小さな港町での生活が始まる。異国での母との二人暮らしの日々は、彼女に英語を授け、彼女から日本語を奪う。

 

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14歳の夏、日本に向かうことになった少女は新潟で海の家を営んでいる母の旧友、京子の元を訪れる。そこで京子の息子と出会った。京子に紹介された彼の名は、記憶にはないが幼い頃二人でよく遊んでいたはずの嘉向徹だった。徹は早速“噂のイングリッシュガール”に興味を示したものの、言葉の壁にぶちあたる。なんとしてでもコミュニケーションを取りたい徹は「ワッチュアネイム?」と聞く。彼女は「なずな」と答えた。

 

ある晩、なずなは徹に誘われて海の家のベランダに出た。大きな机に置かれた枕とタオルケット。気持ちが良いから、という理由で言われるがままになずなはそこに寝かされた。自然と、夜空を見上げる。その瞬間、目の前にある満点の星たちと、遠い記憶の中にある故郷の美しい思い出が重なる。なずなは思わず最上級の感嘆詞《Amazing》を口から漏らさずにはいられなかった。

 

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12年後、新潟のサッカースタジアムの脇の公園で二人はラジオの収録に臨む。なずなは、4年連れ添ったジョージとの別離、とそれに伴う痛み、そしてそれが「Truth hurts(真実の痛み)」だと思っていること、一年の間アジア各国を放浪したこと、いま日本への想いが変わりつつあること(イギリスでの生活が始まった当初は自分が日本人であることを切り離して生きて来たために、今まではたまに日本を訪れてもまるで海外に来た時のような心地がしたけれど、今はなぜか”帰って来た”という感覚がある。)を話す。

 


 

team-0になった徹のことをなずなは”いつどこにいるかわからない人”と訳す。そのフラットな捉え方が様々な環境の中で生きてきた彼女の半生を映し出す。夜の公園で、湿気を多く含んだ静かな風がふわりと吹く。なずなは本当に”ふつう”の人だね、と徹と保科はうなづいた。

 

 

 

 

イギリスに帰国した後、なずなは以前からやりたかった法律関係の仕事を始めている。

 

 

僕たちは、いつ、どこに行くか、わからない。

 

 

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 明日死ぬかもしれない。

 

ルネッサンス情熱 ー 積み重ねた技術よりも積み減らした爆発力

ルネッサンス情熱 ロゼカンパニーは

いまはカメラさがし燃えてる

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暗闇足滑らせて Fall in one

スウィッチ入れても反応なく

血だらけの唄わない詩人が

忘れていた傷む心

穴に落ちて叫ぶ事も それを笑う事も

出来ない世界にもういたくない

 

エンドレス深呼吸 一粒一粒(ひとりひとり)が

熱い息を吐けるはずさ 僕だって出来る

ルネッサンス情熱 ロゼカンパニーは

ここでカメラさがし燃えてる

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堕天使だって失くすのだから

協会見つけて懺悔もする

Blogで時代をアップする人

問いを投げ続ける少女

明日死ぬかもしれないぼくらだから

答えなんて いつも合わせない

 

エンドレス深呼吸 残る辛さも

それがあっての出会いなのさ 君と僕は

ルネッサンス情熱 ロゼカンパニーは

いまはカメラさがし燃えてる

 

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The event No.2 of Rozé company,Join us!!!!!

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ジェネヶ島 ー ただ遊んでいるだけ。ただ欲しいだけ。ただ叫びたいだけ。ただ走りたいだけ。ただ好きなだけ。

いつから私たちは『コドモ』と『オトナ』に分かれてしまったのかな。


最近のオトナは「ちゃんと勉強しないとヤバい」という雰囲気をだす。

でも、なんでそれがヤバいのか、ちゃんと教えてくれる大人は少ない。

 


ちゃんと勉強するってどういうこと?

 


最近のオトナは「ちゃんと働いていないとヤバい」という雰囲気をだす。

でも、なんでそれがヤバいのか、ちゃんと教えてくれる大人は少ない。

 


ちゃんと働くってどういうこと?

 


最近のオトナは「ちゃんと結婚してないとヤバい」という雰囲気をだす。

でも、なんでそれがヤバいのか、ちゃんと教えてくれる大人は少ない。

 


ちゃんと幸せになるってどういうこと?

 

 

最近のオトナは「大人がつまらなそうに生きているから子どももつまらなくなる」という。

でも、そういっているオトナの雰囲気がつまらなそうだったりする。

 


大人の楽しいってどんなこと?

 

 

最近のオトナは「何がしたいのか分からないから何も出来ない」という雰囲気をだす。

でも、本当は知っているのに、屁理屈をこねたいだけのような気がする。

 


たくさん考えることが好きなの?

 

 

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なんか難しいことばっかり。

 


私たちには何がなんだかさっぱりわからない。

 


まあ、オトナのことはもういいや。

 

 

コドモは「楽しいことをしよう!」と思って、楽しいことをしていないよ。

 

コドモは「嬉しいことをしよう!」と思って、嬉しいことをしていないよ。

 

コドモは「好きなことをしよう!」と思って、好きなことをしていないよ。

 

 

 

 

ただ遊んでいるだけ。

 

ただ欲しいだけ。

 

ただ叫びたいだけ。

 

ただ走りたいだけ。

 

ただ好きなだけ。

 

 

それだけだよ。

 

 

 

 

 

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明日死ぬかもしれない。

初編 其のニ「小針浜」

 2013年春。嘉向と保科の出会いは、新潟県内で行われている震災関係のボランティア活動で訪れた。関係者が多かったこともあり、お互いに挨拶程度で、「元気そうな若者がいるな」くらいであった。この時、何気に嘉向はサラリーマンで、バリバリではもちろんないものの、一般社会に身を投じて働いていた。可もなく不可もない日常。保科の方は、お金を貯めて海外放浪の予定を早々と投げ捨て、地元に戻ってボランティア団体を三つ四つ掛け持ちして生活していた。二人とも誰かのため、という動機よりも、人との出会いの流れでやっている、という感覚であった。

 嘉向は三人男兄弟の末っ子のO型、動物占いは狼。両親が海の家やカフェを経営しており、ネイチャー系な雰囲気のもと、伸び伸び育ってきた。内定していた大学進学を直前で取り下げ、教職員一同対嘉向で行われた懇談会は、今やレジェンドである。トレードマークとなっている『青髪』については、幾つかの逸話が残されているが、有力説としては、“海の青に心底惚れていて、その青に同化したいから”が強い。『新潟が生んだ海童』とも呼ばれている。

 保科は二人兄弟の末っ子のO型、動物占いはライオン。自称『叩き上げ』で、両親共働きの中流家庭に育った大卒の野球少年。単純に野球が好きで、就職も進学もせずに社会人でも二年プレーした。「枠の中ではやり切ったな」という勝手な達成感を感じた後、『自分へのご褒美キャンペーン』と題し、海外進出を企てたが、“今しかできない”川の中へ身を投じ続けた結果、現在の流れに至る。爽やか系と称されがちではあるが、母親も含めて何人もの女性を泣かせてきたウェット野郎である。

  そんな二人が親睦を深めはじめたのは、嘉向がそろそろリーマンを辞めようかなという秋頃で、最近のリーマン事情を聴きながら、二人で出張ボランティアで山形に行ったり、暇な時に連絡を取ったりするようになった。やがて保科も流れでNPOなどで勤めたが、発作的にやりたい事が多過ぎて「シフト制」に限界を感じ始めていた。症状が悪化した時などは、休みの日に空港まで行き、飛行機に乗らずして飛行機の離着陸を見届け、“遠くまで行って、無事に帰ってきました感”を自身へ演出していた。

  ある初夏の日の夕暮れ。二人は新潟県の小針浜から少し泳いだ先にある、小高いテトラポットの上にいた。眼前に広がる海面の先には、佐渡が大きく見えた。たわいもない色もの話などをした後、二人の間にぽつりぽつりと言葉が出てくる。

「僕のおばあちゃん、佐渡に一人で住んでいることもあって、やっぱり畑とか大変そうなんですよね〜。多分そういう人たちって、かなり多いと思うんです。そこに僕みたいな、体力はあるけど何したらいいか分からない若者を、じゃんじゃん送り込んだら面白いんじゃないかなって思うんです。」

嘉向に続いて保科もつぶやく。

「なんか、新潟とかで東北で被災した人たちと交流してきたけど、いい感じに誰でも遊びに来れる拠点があったら、いちいち企画しなくてもいいんだよな〜。もう、どこの人だからとか、どういう背景があったからとか、そういうの、関係なく会いたいよね。」

 二人の中には、“誰かのために”を唱えて行動する能力が欠如していた。「自分がやりたいと思ったから、やる。」それだけだった。「自分が動いた結果、誰かが喜んでくれたらラッキー。」そのくらいだった。おそらく、“誰かのために”を先行し続けると、何か上手くいかなかったときに、その“誰かのせいに”したくなる、そんな自分に会うのが嫌だったのだろう。お金を介さない、ボランティア活動の中などに身を投じたからかもしれない。「やりたくて、やってます。」見返りは、自己満足だけもらっていく。重要なのは、“どれだけ自分を出し切れたか”だった。いわゆる“ボランティア精神”とか、ない。「身を捧げたくなって、捧げている。」ボロボロになってから食べるご飯が、死ぬほど美味しかった。ボロボロになってから眠りに就いた布団が、死ぬほど心地よかった。

 組織とか団体に所属しているから出来る事が、山ほどある。逆に、肩書きのない個人だから出来る事も、山ほどある。どっちが良くて、どっちが悪いこともない。行きたい方に、行けばいい。どっちが自由で、どっちが不自由もない。心の在り方次第で、どうとでもなる気がした。

 

 佐渡の方に夕陽が沈んでいく。

 

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 海面に漂う二人の身体が、ゆっくり、ゆっくり、影になって消えていった。

初編 其の一「選挙漫才」

「天はゼロの上にゼロを造らずゼロの下にゼロを造らず」と言えり。

 これが言いたくて、書いている。一文に込めた意味は、特に無い。しかし、何となく、もう一度読んでみる。なるほど。どうやら案外に理屈でも間違ってはなさそうだ。こちらからの意味付けは無いけれど、このセリフの持つ意味は、もしかすると青天井に広がるかも知れないし、もしかすると深く深く根を伸ばしていくかも知れない。本書は、このように、ふと"ゼロ"と口走ってしまったがために、予期せぬ展開に流れてしまった者たちからの、少しばかりのダイイング・メッセージである。いま、そこにいるあなたに、鼻で笑ってもらえていたら嬉しい。

 

 

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2015年4月10日。嘉向徹と保科亮太は、人の行き交いが多い、夕方の新潟駅万代口の改札前に立っていた。二人お揃いのピンクの薄いジャンパーに、白手を身に着けている。背中には“Go for the children”の文字。何かのキャンペーン中なのかといった様相である。どこか緊張しているようにも見える二人のニコニコ顔が、一層不気味さを際立たせていた。何やら(おしっ)と言って気合いを入れた。二人一斉に威勢良く口を開く。
「はいっ、新潟駅前をご通行中の皆さん、こんばんはー! えー、ただいまの時刻は、午後の6時13分を回りました! 皆さん、本日のお勤めも大変お疲れ様でした!」
 チラッと、待ち合わせ中の人が何人か二人の方を見る。声のトーンが上がっていく。
「いや〜保科さん、いよいよ近づいてきましたね〜、四年に一度のあの日が!」
「おおっ、四年に一度といえばオリンピックですか! いや待てよ、、うーん、リオデジャネイロの風はまだ感じられませんねー、徹さん。」
「違うんですよ、今回はプレミアムなんですよ。しかも明後日が本番! 最近その告知を市内中でやっているんですけど、気づきませんでしたか!?」
「えー、そうなんだ! そうだな〜、、ん! もしかして、お花見イベント!?」
「うわ〜! そっちか〜、逆にそっちは最大のライバルですよ! その前に行くとこありますから! もう、忘れないでくださいよ〜!町内にある掲示板の顔写真見て〜!!」
「掲示板?、そうかそうか思い出しましたよ徹さん!!」
「そう、明後日4月12日の日曜日はー」

『四年に一度の新潟市議会議員選挙の投票日っ!!!』

 二人がパチパチパチと軽く拍手する。
(なんだ、選挙かよ。)という、一つオチがついてしまったかのような空気が辺りに流れる。二人は続けた。
「それは一大事ですね! ところで徹さん、僕ら政治の事とか全然知らない現代っ子じゃないですかー。でも最近ですね、今ちょうど立候補中の方からちょっとだけ政治って何なのか教えてもらったんですよー。」
「おお、ぜひ教えてください。」
「例えばですね、そこにある駅のゴミ箱。まずは、僕らがゴミを捨てた後に、サービスでそのゴミを集めてくれている人がいますよね。さらにその後にゴミ収集車が現れてクリーンセンターとかに運んでいってくれますね。そしてまた燃やしたり再生させたり何だりがはじまります。この一連の流れ、元を正せば“政治”によって決められているんだそうです。」
「へ〜、そんなこと、考えたこともなかったです!」
「もう一つ。いま徹さんこんな感じで元気にやってますけど、おっと、いきなり胸が苦しくなりました、はい、どうしますか?」
「うう、だ、誰か。。きゅ、救急車を…」
「そうですねー! ここで徹さんが突然倒れたら誰かがそれを見つけて救急車を呼んでくれます。そしてピーポーピーポー運ばれて気づいたら集中治療室、ああ俺はなぜここに、ああそうかそう言えば…なんて思っちゃったりして一命は取り留めて病院にステイしちゃえる訳ですよねー! 実はこれも元を正せば“政治”によって決められているんですって!!」
「それはすごいな〜、助かるわぁ。でも、そんなことしているなんて皆さん知らないですよね?」
こいつら何なんだという顔で、二人をまじまじと見つめるリーマンふう男性。やや後方で何となく暇つぶしに聞いているふうなカップル。二人は気にせず続ける。
「そう! それこそ政治を行う議員さんの身のこなし方なんです! 彼ら彼女たちは、あたかも自分たちは何もやってませんよーくらいの謙虚さを持って僕らの生活に関わるほとんどの事を決めてくれているんですって! だって市民の皆さん、国民の皆さんのおかげで自分たちがこうして働けるのですから。って、ホントに腰の低い方々なんですわー。」
「なるほど、つまりこういう事ですね、『あの暑い夏の日、野球大好き保科少年が疲れ切ってベンチに腰掛けて一息ついたその瞬間、「ハイ、これ。」と笑顔でフワッと良い匂いのするタオルを渡してくれた、あのマネージャー。』という感じでしょうか!?」
「ざ、ザッツライッ!! 議員さんはみんなの浅倉南的なマネージャーなんですっ!(俺ほぼ男子校だったけども‼︎泣)」
周囲の怪訝そうな表情と逆に、二人の熱は上がっていく。
「と、いうことで、ですねー。今回は四年に一度の浅倉南、AKM選抜総選挙なワケですよ! だから早くチケット手に入れてねー!って話なんですよ。」
「そういう話だったんですね〜! やっと南辺りから話の流れが掴めましたー。でも、あれですよね、四年に一度っていうくらいなんですから、こっちの方、お高いんでしょう?」
徹が小さく親指と人差し指をくっつけて見せる。
「そうですよね、奥さまっ! 一番気になるそのお値段! なんとなんと今回は公の場でお政(まつりごと)ということで、皆さんから普段頂いている有難い有難い“税の金”を、ここぞとばかりに使わせていただきます!!」
「わーい! 私たちの四年間貯めたポイントが、一気に使えるのね〜!!」
「そう、今回の新潟市議会議員選挙の投票権! ご自宅への送料、その他諸々の手続きも含めましたお値段がなんとなんとー…」

二人が両手を大きく振りかぶって叫んだ。

 

『ゼロッッッ!!!!!』

 

team-0が誕生した瞬間だった。